ファム・ファタールの清怨

ブログの文章は全てフィクションです。

汚れる肺と鰓

副流煙

という文字を見るたびに去年の、いや一昨年の12月、大きな手に頬を包まれてそっと唇に吹き込まれたブラックスパイダーの煙を思い出す。浅葱色の箱に黒い英文、少し尖ったお酒の匂いもしたかもしれない。わからない。なにせもうずっと前のことなので。

誰かと付き合っている間のことなんて特に輝いていた日や、あ、こんな小説あったな、なんて創作物の記憶と絡めた出来事しか覚えていないくせに、心が近づく前のことは仔細に思い出せるのは本当に悪いところだ。手に入らないものほど脳をめいっぱい使って拾いあげようとする。小さい頃、鉱物のコレクションが好きだった。海や炭鉱、観光地の売店、街の片隅のアジアンショップなんかでうっている、手にのせると冷たいもの。人間の目には見えないけれどその土地の空気をそっと吸ったり吐いたりする鰓のようなものがある気がして、そこを通り過ぎた過去の記憶に触れるように水晶とその外側の岩の境目を指でそっと撫でていると時を忘れた。

良かれと思って祖母が月刊世界の鉱石を頼んでくれた。ディアゴスティーニ、立派な赤い天鵞絨のクッションに上品に座った磨かれた石たち。どんどん増えていくうちに本棚に縦にしまわれて側面だけが日に焼けてしまった。誰か知らない人の手によって家まで届けられる鉱石にはあまり良さが見いだせなかった。男もそんなような気がする、男だけでなくなにもかも。