ファム・ファタールの清怨

ブログの文章は全てフィクションです。

追う

もしかしたら本当に好いてくれているのかもと思った。

ペラペラの布団にお風呂も入らずに転がっている彼は寝ているのか起きているのかもわからない。

付き合う前に彼にプレゼントした、金のマニキュアは光の加減で少し緑色にもさ見えた。

彼のマニキュアを勝手に塗った私の手を、同じ爪の色をした手が握っている。長い指。目にかかる髪を束ねるために少しだけ解いたら、うとうとしながら手をさ迷わせていて、近くに寄せたらぎゅっと握られた。そんなことをされたらもう何も出来なかった。

 


昨夜ホットプレートを買った。

餃子を焼くには家にあるフライパンはちいさくて小雨の降る中電車に乗った。高田馬場では買えなくて、なんだか遠出したくなって、わざわざ2回も乗り換えて新宿東南口のドン・キホーテに行った。一人暮らしにしては少し大きなものを買った。私も少しお金を出した。昨日はセックスに忙しくて餃子は作れなかったので、今日はついでに500円の牛肉も焼いた。私もお金を出した家財道具が、彼がいるととても狭い7畳の部屋にぴかぴかと置かれているのはなんとも言えず嬉しい。

お酒を少し飲みすぎて寝てしまった彼の横にそっと座る。

ギターを習って初めて彼の指のしなやかなことを改めて知るように、一つ一つに目を向けて初めて気づくことがあまりにもたくさん。絡めた指の関節の大きさと柔らかな皮膚。わざと残した口髭ときっと剃り残しただけの顎下の髭、カーテンと雨戸のない涼しい部屋、とろけるように若い夏の夜の小雨。

わたし以外が好きなことがバレバレだと思っていたラブソングは、照れ隠しでわざと単調に歌っているのが鏡越しに目が合ってわかった。

今週はビリヤードに行くでしょう。それからあなたの習う私の知らない国の音楽を教えてね。11月はあなたの誕生日だから、あなたの好きな国で一緒に祝おう。私はここが好きだけどパスポートを取ったっていいよ。

この船のように大きな背中はあまりにも頼りがいがあって、私はそれでいて頼れない。

 

ねえ私のことが好きでしょう、今は。

私もあなたのことがこんなにも。今は。

本棚に置かれた「いつか別れる でもそれは今日ではない」

昨年のベストセラーの文字はちょうど今じきの夕暮れの影のように、振り返る時だけ細く追いかけてくる。

遠い外国の大きな太陽を求める彼の後ろに影は黒々とひかり、ぽっかり口を開けた穴のように踏み外してしまいそうで恐ろしい。

ねえ日陰を選んで歩いていこうよ。影を影で紛わせて買える安心感、それじゃだめなのもわかっていて、わからないふりをしたかった。

でも、わからないふりをして困らせることも、しないくらいにはもうきっと距離があったのだろうけど。

 

クリスマスツリーの点灯式が行われて、もうきっと彼はあの頬を寄せるとすこし冷たい布団では寝ていないだろう。

眠る彼の胸にまとわりつく服の温かさを、まだ覚えている。忘れていないだけだけど。